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2016年10月13日 (木)

カヨカマ パカリ (童話の下書き)

久しぶりに、童話、行きます。 エクアドルのアンデス山脈の、風の中の小さな村でのお話しです。 ちょっと長いですが、いっぺんに載せます。 最後まで読んでいただければ、嬉しく存じます。 それでは、どうかよろしく。
 
カヨカマ パカリ
 
Img_5281pacariエクアドルの首都、キトから西に一山超えたところ、アンデス山脈の中に、ジョアという村があります。 赤道の真下ですが、標高が3000mもあるところですから、一年中涼しくて、それからいつも風が吹いている村です。
 
わたくしは、この小さな村の日曜日ごとに立つ朝市を見るために、夜明け前に宿を出て、バスを乗り継いで来ました。 外国人などめったにこない小さな村ですから、何か珍しい物があるのではないかと思ったのです。
 
ところが市といっても、ほんの1500人ほどの村の人が普段の買い物をするだけのものですから、通り一つにまばらに露店があるだけです。 半時間もあれば、見終わってしまうのです。 キトへ戻るバスは、お昼過ぎまでありません。 わたくしは時間を持て余してしまいました。
 
...景色のいいところでゆっくりしよう...。
 
わたくしは、村の向こうに見える丘を目指して歩き始めました。
 
Img_5332pacari黒い土の坂道は、やがて車がやっと一台通れる幅になり、まるで登山道のような、つづら折になりました。 あたりの山肌は段々畑に耕されていて、白壁に黒っぽい瓦葺きの小さな家がぽつんと建っています。
 
畑には見慣れない作物が茂っていて、紫色の花で染まっています。 何だろうと眺めるうちに、それが馬鈴薯だと思い当たりました。
 
...ああ、懐かしい。 子供の頃、裏庭の畑に咲いてたっけ...。
 
見渡せば青い山並み、その向こうに小さく、万年雪の山々が見えます。 風が斜面を駆け上り、馬鈴薯畑に波を立てます。
 
その時わたくしは、高山の薄い空気と坂道とで、すっかり息が切れていました。
 
...きれいなところだな、もうここでいいや...。
 
わたくしは、ふらふらと馬鈴薯畑に入っていきました。 そうすると思いがけなく、畝の窪みに、小さな女の子がいたのです。
 
わたくしは驚いて、その場に立ちすくんでしまいました。
 
急な登り斜面だったのと、丈高く茂った馬鈴薯の枝葉に隠れて、目の前に来るまで気がつかなかったのです。
 
女の子は土の上に座って、膝には裸のお人形が乗っています。 確かにわたくしに気が付いているのですが、全く気にする風でなく、一心にしゃもじで土をお椀に盛っています。
 
わたくしは、少し安心しました。 そして、にわかに興味がわいてきました。 わたくしにも同じぐらいの歳の末娘がいるので、どうしても気になってしまうのです。   
 
女の子は、6歳ぐらいでしょうか。 ピンクのポンチョのフードから覗く黒い瞳。 目は細く、頬は赤く、この国の山岳民族の顔だちをしています。
 
Img_5331pacari 雲間から日が差し、逆光の風の中、馬鈴薯の花が紫の星のように輝きます。 女の子の黒髪に虹がかかり、花房は髪飾りのようです。
 
”パカリ~...。”
 
そのとき、女の声が聞こえました。 女の子はパッと顔をあげると、お人形を胸に抱え、小さな家のほうに駆けて行きます。
 
”パカリ~...。 パカリ~...。”
 
山岳民族の言葉の歌うような呼び声は、何度も繰り返し響きました。 お母さんでしょうか。
 
わたくしは、すっかり気まずい思いになりました。 見咎められたと思ったのです。 すぐに馬鈴薯畑を後にして、村へ戻ることにしました。
 
 
坂道を下り、村の家々が見え始めたころ、後ろからエンジン音が響き、つづら折りをおんぼろのピックアップトラックが、ぱたぱた煙を吐きながら下りて来ます。
 
わたくしは脇によけて立ち止まる。 運転席から中年のご夫婦が軽く手を上げ、ガタガタと通りすぎる。
 
”カヨカマ~。”
 
かわいい声が響きました。 なんと、あの馬鈴薯畑の女の子が、荷台から手を振っているではありませんか。
 
わたくしは、いったいどうしたんでしょうかね、もう飛び上がるぐらいに嬉しくなってしまいました。
 
カヨカマ~...。 いったいなんて言ってるんだろう? まるで小鳥が囀るような...。
 
わたくしは、馬鈴薯畑でのことがありましたから、少し遠慮するような気持でした。 それで、黙って小さく手をひらひらと振りました。 そうすると女の子は、確かに少し笑ったのです。
 
Img_5321pacari さて、わたくしはジョア村に戻ったのですが、まだお昼まで小一時間あります。 村を散歩するうちに、小さな教会に行き当たりました。 横の石畳に古物の露店があり、先程のご夫婦がいます。 そうして、前の広場で、ピンクのポンチョの女の子が遊んでいます。 
 
居た居た。 あはは、ほら居た...。
 
じつを言うと、なんとなくですが、村のどこかで、またあの女の子に会えるような気がしていたのです。
 
”やあ、こんにちわ。 さきほどは、どうも失礼しました。”
 
わたくしはご夫婦に丁寧にあいさつをして、それから手織りのポンチョや帽子などを手に取りました。
 
ご夫婦はケチュア族の方でした。 お二人の間ではケチュア語を話しますが、わたくしとはスペイン語です。 山の暮らしをお聞きし、わたくしもおぼつかないスペイン語で、はじめてのエクアドルの感想や、わたくしが住むメキシコの海辺の村のことを話しました。 そうする間もわたくしは、女の子が気になって仕方がありませんでした。
 
女の子は少し離れたところで、地面に絵を描いてピョンピョン跳ねたり、石ころを転がして遊んでいます。 わたくしをちらちら見たりもします。 ご夫婦がケチュアの言葉で声をかけると、女の子もケチュア語で、小鳥のように短く答える。 さきほど馬鈴薯畑で聞いた、パカリという言葉が何度も出てきます。 わたくしは、思い切って聞いてみました。
 
”娘さんは、パカリさんとおっしゃるのですか?”
 
”ええ、そうです。 パカリは、私どもの一人娘です。 パカリ...、私どもの言葉で、夜が明けるっていう意味です。”
 
”そうですか。 夜が明ける、素敵なお名前ですね。 こんにちわ、パカリさん。”
 
わたくしが言うと、パカリはうつむいて、少しはにかんだようです。
 
そのとき、広場の前にマイクロバスが入ってきました。 クラクションが、けたたましく鳴り響きます。
 
”ああ、バスが来た。 わたくしは行かないといけません。 どうもありがとう。 ごめんください。 さよなら。”
 
”ええ、さよなら。 気を付けて、行ってらっしゃい。”
 
ご夫婦は、わたくしが買い求めたポンチョを大慌てで袋に入れます。 わたくしは包みを胸に抱えると、バスへ走りました。
 
ご夫婦の声が追いかけてきます。
 
”カヨカマ~。 私たちは、さよならの時、そう言うんです。 どうか、お達者で。 カヨカマ~。”
 
カヨカマ...? 聞き覚えのある言葉...、なんだったっけ...?
 
わたくしは大慌てで窓際に座ると、窓から広場を見下ろしました。 あのご夫婦が、手を振っています。
 
パカリは? パカリはどこだろう? パカリがいない!
 
パカリの姿は、どこに見えないのです。
 
...どうしたんだろうか...?
 
扉が閉まり、バスはぶるぶる震えると、動き出します。
 
Img_5323pacari そのとき、広場の真ん中の看板の後ろから、パカリがぴょんと姿を現しました。 恥ずかしそうに笑って、わたくしに小さく手を振る...。
 
”カヨカマ~...。”
 
ああ、そうだ。 カヨカマ...。 小鳥が囀るような声...。
 
”カヨカマ~、パカリ~。”
 
わたくしはバスの窓から身を乗り出して、叫びました。
 
”カヨカマ~...。”
 
”カヨカマ~、パカリ~...。”
 
パカリのピンクのポンチョが小さくなり、バスは辻を曲がります。 いつも風の中の、アンデスの小さな村が遠ざかっていきます。
 
Img_5253pacari わたくしは席に腰を落とすと、青い山肌に雲の影が流れていくのを眺めながら、思いました。
 
...パカリがわたくしに言った言葉は、さよならの言葉の、カヨカマだけだった...。
 
”カヨカマ~...。”
 
わたくしの胸のなかで、パカリの声が、こだまのように響いています。
 
 
”あの女の子は、あなたの娘さんですか? それともお孫さんでしょうか?”
 
隣の席の、アンデスの人の服装の青年が、訊ねます。
 
わたくしは、急な問いかけに驚き、答えを探します。
 
”...いいえ、違います。 わたくしは...、わたくしは、あの子の誰でもないんです。”
 
そう答えたとき、唐突に悲しみが、風のようにわたくしの胸を満たしました。 どうしたことか、目頭が熱くなり、涙さえ湧いてきたのです。
 
わたくしは、声を絞り出しました。
 
”...でも、大切な人なんです...。”
 
”そうのようですね。”
 
青年はうなづいて、それからじっとわたくしを見て、少し笑って言いました。
 
”あなたにも、きっとあの子にも。”
 
 
noteカヨカマ パカリ 風の中
 
馬鈴薯畑の 王女様
 
星空巡り 夜が明ける
 
パカリは今日も 風の中note
 
 
...おしまい...。
 

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コメント

牧歌的な風景に相応しい良いひとときを経験されたんですね。
他所の国で英語以外でもそうやって言葉が通じるって良いですね

投稿: サニー | 2016年10月14日 (金) 07時55分

>サニーさん
そりゃ中南米では、スペイン語が出来れば現地の人に相当な信頼が得られます。 まあ、どこに行っても、チノ(中国人)って呼ばれますけど。 エクアドルは短かったけど、メキシコに次ぐ心のふるさとになりそうな予感です。

投稿: OTTO | 2016年10月17日 (月) 04時04分

こんにちは。
山村の眩しい光
緑駆け抜ける風のかおり
感じました。

投稿: ふう | 2016年10月18日 (火) 14時13分

>ふうさん
お読みいただき、ありがとうございます。 今でもカヨカマが僕の胸でこだましてます。 あの光と風の中に、いつまでも居たかったです。

投稿: OTTO | 2016年10月19日 (水) 09時48分

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