スポーツ

2011年7月11日 (月)

夏の雲

Canontest615_convert_20110711113907 夕暮れ前、見事な入道雲が出てました。 ワニさんみたいですねぇ。 雲の中で、さかんに稲光が閃いています。 テアカパンは先週半ばからすっかり雨期の様相で、雷が鳴る度に頻繁に停電があり、PCの接続も不良で気が重いです。

さて今日は、サッカーワールドカップU-17の決勝戦でした。  メキシコは先日の準決勝で、ドイツに劇的勝利しての決勝進出です。 相手はブラジルを破ったウルグアイ。 盛り上がりは最高潮でして、今日は朝からそわそわしていて、村はかえって静かで人通りも少ないんです。 試合は午後5時からです、みんな力を温存してるんでしょうかね。

Canontest613_convert_20110711112228海岸通りのレストランだけは、早くからごった返して、なかなかの熱気です。

ところが、試合開始が迫る頃には入道雲ムクムクで、遠雷も聞こえます。 まずいなあ、試合中に停電で観戦できず、その間にメキシコ逆転負け~なんてなったら、電気会社に、庶民の味方として愛されてる麻薬組織(複雑な土地柄なんです)から、ロケット砲が飛んでくるぞ...、と非常に心配しつつ見てたんですが、取り越し苦労に終わりました。 そして、首尾よくメキシコの快勝です。 2005年にも勝ってまして、2回目のU-17ワールドカップ優勝です。

それにしても地元開催とは言え、メキシコの若者、強かったです。 大舞台で、大観衆の応援の中、全国民の期待を背負って、普段以上の力を出せる、本当に大したもんです。

どうしてかなぁ、なんて考えてたんですけどね、試合前の円陣で、選手達が目をきらきら輝かせて、実に良い表情をしていたのに思い当たりました。 大一番の直前なのに、ニコニコ笑って、リラックスしてるんです。

00000試合前日には、ドイツ戦で血染めの包帯姿で決勝オーバーヘッドゴールを決めたヒーロー、ゴメス君にあやかって、みんなで包帯巻いて大騒ぎしてたって言うし。 (この写真は、メキシコのサッカーブログ、亀さんのフィールドの隅っこhttp://d.hatena.ne.jp/futbolmexicano/からの無断又借りです、亀さん、悪しからず~)

日本に欠けてるのは、案外こういうところなのかもしれませんね。   

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2011年2月19日 (土)

たった一度だけの僕のホームラン

100_1029_convert_20110218054240 テアカパン村の野球グラウンドです。 一応観客席が両ベンチ裏にあります。 天然芝グラウンドですね、というか元々は荒地でして、ここは土壌に塩分があって丈の高い草は生えず、たまの試合で踏まれたり、野手が邪魔になる草を引っこ抜いたりして、自然に芝生みたいな感じを保ってます。

外野フェンスはなし。 従って、ランニングホームラン量産グラウンドです。 外野が抜かれたら、ボールはワニがうようよの水路へ...(ワニは嘘です)。

普段は閑散としてて、お馬がのんびりと草を食んでたりするんですが、ここ2週間ほど、連日誰かが白球を追ってます。 カリビアンシリーズでメキシコのチームがチャンピオンになって、一時的な野球ブームなようです。

今はもうやりませんけど、僕は子供の頃から野球が好きでした。 高校のクラスのチームではピッチャーもやりましたよ。 就職して、ロサンゼルスに住むようになってからも、日系の草野球チームに入ってて、週末はいつも野球だった時期もあります。

だけど僕は166cm、あの頃は56kgでした。 良い当たりをしてもやっと外野の頭を超えて、ころころフェンス際までころがる程度です。 そんな僕が一度だけ、柵越えホームランを打ったことがあるんです、それもメジャー仕様の両翼330ft、中堅400ftのグラウンドでです。 試合でじゃなくてフリー打撃の時でしたけどね。 今日はその時の話をしましょう。

さるカレッジの野球グラウンドでした。 試合前のフリー打撃、順繰りに15球ほど打たせてもらいます。 僕の番になったとき、先発予定だったチームのエースが、マウンドを確認したいからちょっと投げさせて、とバッティングピッチャーと交代しました。 さすがにエースです。 左腕から軽く投げてるんですが、回転良くシューっと伸びてきて、最初の2球は押し込まれてポップフライでした。 そして3球目、僕のほうにボールを突き出して、大きくうなづきました。 速い球行くぞ、と言うわけです。 僕はとっさに思いました。 軽く投げても振り遅れてるのに、全力で投げられては、とても打てないぞ、よし、ボールが指を離れる前から、打つ動作に入ってやろう。

ピッチャーは大きく振りかぶると、ゆっくりと右足を上げて投球動作にはいります。 僕はタイミングを見計らって大きく前足を上げ、それから思いっきり踏み込みました。 だけどもその時は、やっとピッチャーが腕をしならせてボールをリリースしようとしたところでした。

”しまった、早すぎたっ” 僕は振り出しかけたバットを止めようとしました。 だけど体はもう打つ態勢に入ってます。 踏み込んだ前足をぐっと踏ん張って我慢してボールが来るのを待ちました。 体はねじれギシギシきしむ。 ”もうダメだ...” 頭の中が真っ白になる...、その時やっと僕の膝元にスウーっとボールが伸びてきます。 ”ああ、やっと来た!” 不思議ですねぇ、その時はボールがスローモーションのようにゆっくりで、回転や縫い目まではっきり見えたんです。

ねじれにねじれた体をほっと振りほどくと、バットが大きく弧を描いてゆっくりと振り出され、ボールをすくい上げる。 ボールがバットの上で止り、弾き返されるのまで見えました。 ポンと木の葉を叩いたような軽い衝撃があって、キインと快音が響き、白球は青空高く高く舞い上がりました。 大きな放物線を描いて、長い長い滞空時間の後、遥か彼方の左中間、375ftと書いてあるフェンスの向こうの芝生に弾んだんです。

信じられない...、僕はゴルフスイングのフィニッシュのような体制で、ボールが行った先を見てました。

後でキャッチャーが言うには、打ったボールは内角低目のすばらしい速球だったそうです。 ピッチャーは、あの球をあそこまで飛ばされたのは初めてだ、と言ってました。 それからチームメート達の言うには、あの時の僕のスイングはコンパクトで速かったそうです、あんなに全てがゆっくりに見えたのに。

それ以来、あの時のスイングを再現しようと、バッテイングセンターに通ったりして、色々やってみても、全くダメでした。 どうやってもホームランはおろか、フェンス際まですら飛ばないんです。

本当にあれは、僕の生涯でたった一度きりのホームラン。 もう25年も前の話なんだけど、今でもはっきりと手に残った感触や、振りぬいたバットの遠心力の心地よさ、青空に消し飛んでいく白球のまぶしさまで思い浮かべられます。 僕がこの世とさよならする時、もしかしたら両手を揃えてぎゅっと握って、あのホームランのスイングを夢見てるかもしれませんな。

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2010年9月21日 (火)

テコンドー道場

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エスクィナパに新しく出来た、テコンドーの道場。 現在、入門者大募集中のようです。

何故か中国選手とブラジル選手の組み手の写真が使われてます。 メキシコにも強い選手がいるはずなんですけどねぇ。 まあ、国際的な競技だよーって言いたいんでしょう。

皆さんは2年前の北京オリンピックで、メキシコ選手がテコンドーで2つの金メダルをとったのを憶えておられるでしょうか? それをニュースで知った僕も、え~、ほんまかいな? かなりビックリしましたし、マイナーな競技でありますが(失礼)、ともかく金メダルがとれて感慨無量、非常に嬉しくありました。 結局、メキシコの金メダルはこれだけでしたからね。

ワールドカップサッカーでご覧になったと思いますが、メキシコ人は体格的には日本人とほぼ同じ、小さいです。 だけどボクシングやルチャリブレを見ても判るでしょう、強靭で粘っこい筋肉と、卓越した瞬発力を持っています。 アメリカにいた頃、よくメキシコ人労働者達と草サッカーをやりましたが、球際のスピードや接触プレーで全く歯が立たなかった。 強いんですよ、メキシコ人。 たぶん格闘技は向いてるように思います。 ちゃんとトレーニングをすればガンガン強くなる、隠れた人材がたくさんいるでしょうな。 相撲なんかもええかもしれん。 まあメキシコ人の場合は、まずは精神面強化でしょうな、ここんとこが大変だ。

それまでは全然関心もなかったんで知らなかったんですが、メキシコではテコンドー、なかなか盛んだったんです。 北京オリンピックの快挙で、さらに知名度、関心が高まりました。 オリンピックの普及効果大です。

FEDERACION MEXICANA DE TAEKWONDO(メキシコテコンドー連盟?)なんていう全国統一組織があって、主要な町には必ず道場があります。 段級検定やトーナメントもちゃんとあって、例えばエスクィナパみたいな田舎町の若者が地域のトーナメントを勝ちあがり、頭角を現して、やがては国際大会やオリンピックを目指すことも出来ないことではない訳です。

興行的要素が強いボクシングより、武術であり健全なスポーツであるテコンドーのほうが好ましいですな。 巨万の富は築けませんけどね。

エネルギーを持て余し、自らの将来に絶望し、享楽に走り酒や麻薬に溺れ、あるいは麻薬密売で大金持ちになることを夢見る、悲しきメキシコの若者達よ、武術で心身を鍛錬し、同時に真の世界チャンピオンを夢見ることも出来るぞよ、いかがかな。

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2010年2月 6日 (土)

朝青龍のこと

P1010017a_convert_20100205082145 朝青龍引退しましたね。 とても寂しい。 心にぽっかり穴が開いたようです。

常に問題児とされていた横綱ですが、僕は好きでした。 

同じスポーツ界で、全く異質ですがスキャンダルの渦中にあるタイガーウッズに感じるような薄汚さや嫌悪感は、僕は朝青龍には全く感じません。   

決定戦で優勝を決め、子供のような笑顔と両手を挙げてのガッツポーズで、歓喜を世界中に伝えた朝青龍。 

大一番で唇を尖らせ腕を振り、目を見張って闘志をむき出しにする朝青龍。

巡業を休んでモンゴルで療養中に子供達とのイベントでサッカーをしたことが問題になってると空港で言われ、何のことだ、と怪訝な表情をした朝青龍。

マスコミも世論も横審も、相撲ファンをも敵に廻し、それでも動じず強かった朝青龍。

朝青龍の一挙一動を、僕は遠いメキシコで追い続けていた。 いつまでも勝ち続けていて欲しかった。 社会人になる事を拒み日本を飛び出した人間として、全くの異文化の中で唯一の日本人として生きている人間として、知らず知らずのうちに共感していたのかもしれない。

そして今回の暴力事件。 無念の引退。 

色々と書き連ねたい事はありますが止めましょう、もう済んだ事だから。 

16才で故国を離れ、相撲界という日本人にとってさえきわめて特殊な世界で頂点に立ち、長く重責を背負ってきた朝青龍の胸中が、僕なんかに分かる訳はないのだし。 

だけども僕は朝青龍のような息子が欲しかった。 もしそうならどれほど誇らしく思ったことだろう。 僕の豚児達には、朝青龍のことを話して聞かそうと思う。 それに絡めて打算のみで物事を判断し行動する連中や、識者面をして分別臭い無責任な評論をする連中の様にはなるなよと言いましょう。

朝青龍はモンゴルに帰るのだろうか。 狭苦しく姦しい日本より、空と大地とが四方で接するあの大草原の故郷のほうがよろしいかもしれませんね。 

そう...、誰がなんと言おうとも、僕にとって朝青龍は、遮るもののない大草原を吹き抜ける、青い朝風だったんだから。

隠遁者のブログですので、基本的には時事には触れないのですが、今回は特別に少し脱線させていただきました。 ご容赦下さいませ。

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