昔語り思い出語り

2016年6月17日 (金)

金の雨

Img_4054_convert_20160616025440 我が家の向こう隣の、ユビア・デ・オロ(LLUVIA DE ORO)の木、Cassia fistula.
 
ユビア・デ・オロって、スペイン語で、金の雨という意味です。 英名も、ゴールデンシャワー。 メキシコの初夏の花です。
 
Img_4064_convert_20160616025900 青空に映えて、輝くばかり。 まさに、金の雨です。 ほのかに、甘い香りもします。
 
Img_4069_convert_20160616031152 個々の花は、金の蝶のよう。
 
Img_4068aa_convert_20160616025126 花房は、ちょっと藤に似てるかな。
 
僕は、満開のこの木の下で、花を見上げるとき、アカシアの雨に打たれて...、って歌を口ずさむ。 歌のアカシアは、同じマメ科でも、別の植物なんだけど。 それから、あともう一曲、そして母のことを思い出す。
 
白い花咲く木の下で、幼い僕は母とベンチに座っている。 母はご機嫌で、軍歌をリレーでハミングしていたが、花を見上げて、アカシアの雨を歌いだした。 初めて聞く、朗々とした母の歌声。 僕はびっくりして、母を見る。 母は両手を広げて、最期までしっかりと歌い終わると、目を閉じて深呼吸をする。 空気には、花の香りが満ちている。
 
どうや、ええ歌やろ。  僕は目を真ん丸にして母を見ていたと思う。 母は笑って、よっしゃ、もういっちょう行こか。  静かに歌い出したのは、星の流れに、だった。
 
星の流れに 身を占って どぉこお 寝倉の 今日の宿 すさぶ心で いるのじゃないが 泣けば涙も 枯れ果てた こぉんな女に 誰がした...。
 
素敵だった。 歌詞も、歌も。 歌を聴いて、初めての感動だったかもしれない。 
 
どっちの歌が好きや? 今の歌! ほほほ、それパンパンの歌やで。
 
僕はパンパンという言葉は知っていたが、もちろん本当の意味は分かっていなかった。 ただ、忌み嫌うもの、とだけ。 いけなかったのかな...、僕は後悔し、肩を落とす。
 
ええんやで、お母ちゃんもこの歌好きや、ほんまに、ええ歌やな。 母は僕の頭に手を置き、花を見上げて言う。
 
たぶん僕が小学校低学年の頃だろう。 50年近くも前のこと。 あの白い花がいっぱいの木は、たぶん歌のアカシア(ニセアカシア)だったと思う。 陽春の日の光と花影と、母の歌声。 少女のような若い母の面影の、数少ない思い出の一つ。

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2012年11月27日 (火)

母の思いーII

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そそくさと持ち帰った母の遺品の書作の中に、思いがけなく僕の詩があった。 几帳面な楷書で、色紙に横書きに書かれてあった。

   

いったい 何なのでしょう

さえぎるもののない 地平から来る

風の音を聞いたとき

遠くへ 遠くへ 行きたいのです

恋のような この想い 

確かに、あなた方がくれたものです

お父様 お母様

私は あなた方の子です

  

これは、今を去る28年前、僕がアメリカに発つときに、父母に贈ろうと思って書いたものだ。 だけど、感傷的な父母を前にして、結局ノートに書き付けたままになった。 僕はその時、多分すぐ帰ってくるからと言い、実際そう思っていたのだが、父母ははっきりと予感していたのだと思う。

母は、僕が残したノートを繰り、この拙い詩句を見つけ、色紙に写したのか。 どんな思いで...?

この色紙を見たとき、初めて母を亡くした悲しみが、波のように襲ってきた。 心から、母の思いに感謝し、親不孝を詫びた。

お母様、僕はきっと、貴女の様な親になります。

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2012年11月26日 (月)

母の思いーI

0aaaaaacanon1074_convert_2012112212 一昨年の、桜が満開の頃、母が死んだ。 その前の年の夏、家族全員で里帰りしたときに、肺癌だった母は、もう会えないねと言った。

唐突に兄から母の訃報が届き、僕が母の位牌に手を合わせたのは、2ヵ月後だった。

その時は、またすぐに日本に来る予定があったので、母の遺品はほとんど持ち帰らなかった。 十数枚の条幅や半紙の書と、墨絵の色紙だけ。 母は書家だった。 予定が変わって、それ以来日本に帰っていない。

先日、引き出しを整理していて、母の作品に混じって、ノートの切れ端が何枚か出てきた。 僕の殴り書きの詩。

僕は、山陰地方の大学を卒業し、ほんの一週間ほど実家にいただけで中部地方に就職し、それから4ヵ月後にロサンゼルスに渡った。 その時も、ほんの3日ほど、実家に寄っただけだった。 そしてそれ以来、アメリカとメキシコに住んで28年になる。

母は、僕の置いて行ったノートを開き、目に留まった詩のページを千切ったのだろう。 そして、作品の間にはさんだ? 何時のことだろう? どんな気持ちで?

詩はいずれも、僕が大学生だった時のものだ。 どうして一途じゃいけないの、大人の恋ってなんだろう、なんて切ない文が並んだのもある。

その中で、丁寧に折りたたんであったのが、下記です。 当時僕には、ステディではなかったが気になっていた人がいて、アメリカへ発つ時に、その娘に会いに行った。 その時に書いたもので、詩と言えない様な拙いものだけど。 

  

秋には日本にいないのに 君と秋の話をしてる

風がざあっと吹きぬけた様に 心がしんと冷たくなった

8月初めの真夏日に ロサンゼルスへ僕は行きます

秋風吹いて落ち着いた頃 きっとお便りいたします

  

秋には日本にいないのに 君と秋の話をしてる

日差しがふっと翳ったように 心がすっと暗くなった

夾竹桃が真っ赤に燃える ヒロシマディの頃 僕は行きます

言葉になれて友達できたら 笑顔の写真を送ります

 

...君は、母ではなかったのだが、母は思いを重ねたのだろうか...。

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2011年12月29日 (木)

日暈

0bcanon2091_convert_20111228084552 昨日の午後に現れた日暈。 太陽の周りに、大きな薄い虹の輪が、暈のようにかかっています。。

日暈は、空の高層に薄い雲があるときに見られます。 これが月にかかれば月暈です。 良く見られる現象で、昔から、お日様やお月様が傘を差したら翌日は雨、なんて言いますよね、これがそうです。

まあこの日暈、月暈による天気予報は、日本のように西から低気圧と高気圧が順繰りに現れ、天気が定期的に変わる地域ではあてになるようですが、まったく気候が違うメキシコではダメです。 テアカパンでは、雨が一滴も降らない乾季のさなかの今頃、上空に寒気があって、午後に薄雲が広がるときに良く見られます。

幼い頃の、鮮明な記憶がある。 母に手を引かれて、夜道を歩いている。 田舎道だろうか、街灯も無く、月明かりに道が光っている。 少しおぼろな満月があり、大きな月暈がかかっている。

”見ぃ、お月さんが傘をさしとるわ、明日は雨降りやで” 母が僕を抱き上げて、肩に乗っけてくれる。 僕は空を振り仰いで、不思議な月を見る。 ”お母ちゃん、お月様が傘さしたら、なんで雨になるのん?” ”あほやな、お前そんなこともわからへんのか、今お月さんに降っとる雨がな、明日までかかってここにくるんや、お月さんは遠いよってにな。”

さあ戻ろか、と母は言って、きびすを返す。 今度は月光に青い道に、僕たちの影が落ちている。 母の肩の上から見た、大きな傘を差した、おぼろ月。 暗い街路。 僕の母が、遠い所に行ってから、もうすぐ2年になる。

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